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Dec 11, 2020

今日も静岡茶屋でお待ちしています vol.7 浜松深蒸し茶と茶歌舞伎【 林夏子・ライトノベル】

 冷たい北風にあおられ、萌は浜松駅の構内に駆け込んだ。

「はやく家に帰って、温かいお茶が飲みたいなぁ……」

 冷たい手を擦り合わせながら、湯気のあがったお茶を思い浮かべた。

 と、そのとき。

「浜松深蒸し茶です! 飲んでいかれませんか?」

 元気のいい掛け声に、思わず振り返った。声の主は、お茶の試飲販売をする男性だ。萌の隣の女性二人組も、男性の声に振り返ったようだった。

「浜松の深蒸し? うちは川根って決めているのよ」

 二人組のひとりが、興味なさそうに手をひらひらさせた。

「あら、深蒸しなら掛川じゃないの?」 

 もうひとりも首を振った。

「そんなことおっしゃらずに。飲んでいただけたら、きっと……」

 男性が言い終えないうちに、女性たちは、試飲しないまま行ってしまった。男性は小さくため息をついたようだった。 

「よかったら、いただけませんか? 浜松深蒸し茶」

 萌は、おもわず声をかけた。

「ああ、はい! ぜひ」

 男性は萌にお茶をいれてくれた。萌は、湯気のあがる深緑色のお茶をすする。

「まろやかですね! 美味しい」

「ありがとうございます!」

 男性に笑顔が戻った。日に焼けた爽やかな笑顔だ。

「浜松市西区の村松商店です。自園自製の浜松深蒸し茶をつくっています」 

「浜松の深蒸し茶……静岡県西部の産地というと、浅蒸しの天竜茶や、深蒸し茶の森町や春野が有名ですが……」


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「お茶のこと、くわしいんですねぇ」 

 お茶屋さんに感心され、萌はすこし顔が熱くなった。どれも薫の受け売りだったからだ。

「お茶が好きなんです」

「お茶屋としては嬉しいかぎりです。当社の浜松深むし茶は、すべて自社農園で育てています。自社農園のある三方原台地は、浜松茶の産地です」

 お茶屋さんは、村松正浩と名乗った。正浩は、明治大学農学部を卒業後、京都の福寿園で修行を積み、家業を継いだ。現在、茶作りから販売までを担っているという。



<浜松茶> 
遠州灘に近い天竜川下流域。三方原台地を中心に茶園が広がる。明治時代に茶の栽培がさかんになる。


「浜松は、天竜や森、春野など有名産地に囲まれています。さっきのようにお客さんの中には、産地の名前だけで試飲もしてもらえないことがあって、悔しいです。でも、一口飲んでいただけたら、きっとわかってもらえると思います。浜松深蒸し茶は、2煎目、3煎目も美味しいよねっていってリピートしてくださるお客様も多いです」

「確かに、深蒸しって1煎目で味も香りも出きってしまうものも多い気がします。どうしたら、2煎目以降も楽しめるお茶になるんでしょう」

「葉に栄養があり、それがしっかり揉みこんであるかかどうかが大切なんです。葉に栄養を持つためには、芽重型(がじゅうがた)栽培で……そんなことをいいはじめると難しくなっちゃうけど」

 正浩は、再び急須にお湯を注ぎ、萌に2煎目のお茶をいれてくれた。

「なるほど。葉に栄養があって、しっかり揉んであれば、1煎目で味がぜんぶ出てしまわないということですね」

「そうそう」

 正浩は、嬉しそうに笑う。

「あの、茶歌舞伎体験というのは?」

 萌は正浩の横に貼られたポスターを指さした。

「花・鳥・風・月・客の名前がついたお茶を飲み、それぞれの銘柄や産地を当てる遊びです。茶歌舞伎、体験してみます?」 

「はい! ぜひ」 


 正浩は慣れた手つきで、5つの湯呑にお茶を注いだ。湯呑には「①」「②」「③」「④」「⑤」とだけ記されている。


「今日は、やぶきた・さえみどり・さやまかおり・つゆひかり・玄米茶の5種類で挑戦していただきます」



花:やぶきた

味が濃く、口の中で香りや旨みが広がった後、ほど良い渋みが口のなかで余韻に浸る。

鳥:さえみどり

鮮やかな緑色。渋みが少なく、優しい印象

風:さやまかおり

パンチのある力強い味わい。口に入れた瞬間、渋みも感じる。

月:つゆひかり

花のような香り。清涼感を感じる味わい。

客:玄米茶

お米の香り。まろやかな味わいの玄米茶。


 萌は、「①」と書かれた湯のみのお茶を一口、飲んでみる。香ばしい香り。簡単、これは玄米だ。

「これは玄米茶ですね!」 

「正解です」

正浩はにっこりと笑う。

 次に、②のお茶を口にする。ほのかに甘みを感じる。渋みは少ない。

「これは……さやまかおり? じゃなくて……つゆひかり? うーん」

「選んだお茶の答えは変更できないのが、茶歌舞伎のルールなんですよ」

 考えれば考えるほど、混乱してくる。


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 悩みに悩んで答えを出したのに、当てられたのは5種のうち3種。ここ最近、いろいろなお茶を飲んできたのに、散々だ。

「くやしーい!」

 萌は思わず、唸った。

 正浩によれば、茶歌舞伎の原型である闘茶は、博打遊興の手段ともなり、室町時代には時の政府により禁止令が出されたほど流行したという。なるほど、先人たちがのめり込んだ理由もわかる。

「むつかしいですけれど、楽しいですよね」 

 正浩の言葉に、萌はおおきく頷いた。



「どうして、お茶屋さんと茶畑を継ごうと思われたんですか?」

 萌は、正浩に2煎目のやぶきたのお茶をいれてもらいながら、尋ねた。萌が出会ったお茶屋さんやお茶農家さんにきく質問だ。たくさんの職業があるなかで、どんな気持ちで家業を継ぐのだろう。その理由の中にお茶の魅力が隠されている気がするのだ。

「店も工場もあって、両親は忙しくて、小さい頃から祖母が世話をしてくれたんです。『大きくなったらお茶手伝ってね』ってよく言われていたかな。影響はあったかもしれません。高校まで、ずっとサッカーやってきたんですけど、あだ名は『お茶屋』だったんです。監督に試合中でも『お茶屋ッ』って呼ばれたり。その星に生まれてきたなぁって感じです。お茶は、ぼくの人生そのもの。人生とともにあるものです」


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「店の周りに茶園があります。畑仕事をしていると、『これからも頼むね』って声かけてくれるお客さんもいます。食事のときもお茶のときもうちのお茶を飲んでくださる地元のお客さんにとって、うちのお茶が生活の一部になっているんです。そういっていただくと、畑を続けていけるように、頑張んなきゃって思いますね」

 正浩は、浜松茶をもっと多くの人に飲んでもらいたいと、仲間の若手茶農家とさまざまなお茶の楽しみ方――エスプレッソマシンで淹れた煎茶とスチーマーでスチームした豆乳のラテ、テントの中でストーブを焚き、ストーブに茶を掛ける茶ウナなど――を提案していくつもりだと微笑んだ。



 萌にとって、つい最近まで――正確には薫に出会うまで――、「お茶」は、どれも名もなき「お茶」だった。いまは違う。このお茶は、地元のお客さんにとっては、生活に欠かせない『浜松深蒸し茶』だ。萌は、湯呑にのこるお茶を飲み干し、濃くてまろやかなその味と香りを舌に記憶した。



イラスト/yukiko

取材協力/村松正浩(有限会社村松商店)

※本コンテンツは、村松正浩さんのインタビューを再構成しています。




カネタの銘茶 有限会社村松商店


〒432-8001 静岡県浜松市西区西山町2365

営業時間 9:00~19:00(火曜除く)

お問い合わせ 0120-394-108

今回茶歌舞伎で使用した品種茶は、通販サイト からご購入いただけます。


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<プロフィール>

林夏子(はやしなつこ)

フリーライター。日本茶インストラクター20期。2017年より静岡県茶業会議所静岡ティーレポーター。「林夏子のはてしないお茶物語」(https://www.hateshinai-ocha-monogatari.com/)を運営。